鬱病

鬱病になったときの母の思い出

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入院中、実の家族である母からも、鬱病を誤解され、
娘が精神病になったという言い方で責められたとき、
本当に母親には申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

 

そしてよくよく考えてみますと、
わたし自身、鬱病になってはじめて、鬱病がどういうものか、
どれくらいにきついものなのかを知りました。

 

自分が鬱病にならなかったら、
もしかすると偏見の目を、わずかでも人に持ったかもしれません。
つまり、本当にどういうものか理解できないので、
先入観が邪魔をしてしまうということはありうることだと思います。

 

母親に最後まで理解してもらえなかったことは残念ですが、
それは、よく考えてみると仕方のないことだと思います。

 

わが家は母子家庭でした。
物心ついた頃には父はいませんでしたので、
母が頑張って私ひとりですが育ててくれました。

 

大変、実は気性の荒い人でしたが、
本当はすごく優しい人だということも知っています。

 

そして、身内のことを言うのもおかしいですが、
若い頃はすごい美人でした。純粋な日本人なのですが、
ハーフの方のような顔立ちをしてました(アイキャッチ画像は母に似ていると思って選んだものです)。

 

なので、学生時代などは、
お母さんに似てるね、と言われることが何かすごく嬉しかったですね。

 

ちなみに、自分で化粧品関連の会社を経営していて、ワンマンな女社長でした(^^;)
わたしはあまりできがよくなくて、よく頭のことで叱られましたが、
でも心が純粋であることが一番大事だとずっと教わってきました。

 

学生時代は、やっぱり反発する気持ちが時おり芽生えもしましたが、
親の愛というのは偉大ですね。
尊敬に値する忍耐が必要だったと思います。

 

あ、母親のことを長く考えると涙が出そうになるので話を変えますね(><;)

 

そうそう、わたしも30の年頃になり、
そこで鬱病になってしまって、婚期を逃したような気が最近します。
あと、お金もそろそろつらくなってきたので、
恥ずかしい事情ですが悩みどころなのです。

 

復職はちょっとまだ難しいですね。
鬱病は本当に恐ろしいもので、若い頃の、
まだ夢と元気があった溌剌とした自分が、
そっくり消えてしまったような気がするのです。

 

よくあんなに頑張れたなぁと思います。
どこからエネルギーがわいてきていたのか分かりませんが、
今のわたしには羨ましくて仕方がないですね。

 

アントニオ猪木さんの、「元気があれば何でもできる」じゃないですが、
本当に、鬱病になってから、私はプロレスとかあまり知らないのですが、
繰り返し言われるあの言葉は、まさにそうだなぁと思います。

 

元気の源は何なのでしょうね。
少なくとも、元気を奪い去っていく何かが、
まだ私の心のなかに巣くっているのだと思います。

 

ついつい焦りそうになりますが、
恩師にも言われるように、焦らず、休むことを悪いと決めつけず、
十分に休養を取りたいと思います。

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