鬱病

鬱病の発症は仕事の激務から

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年末のゆったりとしたこの時期から、来年への第一歩として、
鬱病になってしまった自分の記録をつづるべく、
新しい試みをブログではじめたいと思います。

 

鬱病になる前は、とある私立の高校で国語の教師をしていました。
子供の頃からピアノや油絵が好きだったので、
昔は美術の先生になりたいと思っていた時期もありました。

 

わたしが学校の先生になりたいと思った理由は、
小学校で出会った女性の先生に恩を受け、また尊敬していたからです。

 

六年生のときに、家庭の事情で二学期から転校したのですが、
東京から地方の田舎に来たことや、
急に周りからちやほやされたことで、
わずらわしく思った女子生徒たちにいじめられる、という経験にあいました。

 

最初は陰湿なものでしたが、しだいにひどくなり、
肉体的にも華奢でしたし、精神的にも強さがなかったため、
学校に行くのが怖くなって、どうしても登校ができなくなりました。

 

あのとき、女性の担任教師が本当に親身にしてくださらなかったら、
わたしはあのまま、登校拒否という状態にとどまり、
その後の人生を大きく左右することになったと思います。

 

このときのことは別の機会にお話するとして、
わたしは先生に憧れたというか、同じ女性としてずっと、
尊敬の対象となりました(今でも連絡のやりとりをしています)。
果ては、自分もこのような先生になりたいと、そう思うようになったのです。

 

しかし、本当に芯から強さがない限り、難しいものですね。
憧れから、自分も同じように、辛い状況にある生徒に親身で、
かつ一緒に闘ってあげられる、本物の教師になりたかったのですが、

 

頑張れば頑張るほど、どうしても自分では力不足を感じるようになり、
鬱病が発症してからもしばらく頑張りましたが、
眠れない、食べれない、悩み事でいっぱい、といった状況のなか、
恥ずかしい話ですが、学校で倒れてしまい、数日間、入院することとなりました。

 

過労に加えて、鬱状態がひどいという医師の診断のもと、
しばらく休むことになりましたが、最終的には休職、
そして辞職することになります。

 

それから現在、三年ほどたちますが、本当に少しずつですが、
回復に向かってきつつあると思います。

 

わたしは、小学校のときの先生のように、
自分の生徒を守ることも、助けることもできませんでしたが、
自分を責めたり、自暴自棄にひとしい自己憐憫に浸ったりと、
そういう自分をいじめる時期は過ぎたと思っています。

 

このブログでは、自分が鬱病の回復における記録と軌跡のみならず、
どのようなことが寛解にむけて効果があったのか、
また治療をさまたげる要因であったことなど、
皆様方のお役に立てるようなブログになればと思っています。

 

また荷が重いことを始めたのかもしれませんが、
あまり気負わず、自分なりのペースで書いていきたいと思います。

 

これからどうぞよろしくお願いいたします。

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